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『仮面ライダー青春譜』第4章 アシスタントから編集者へ(10)

●ジョージ秋山氏と差し向かいでマンガを描く

『増刊・少年マガジン』では、人気ギャグマンガの『ほらふきドンドン』(ジョージ秋山)や『キッカイくん』(永井豪)の総集編も担当することになった。
 最初に原稿取りに伺ったのは、ジョージ秋山氏の仕事場だった。西武池袋線・椎名町駅から徒歩5分ほどのところにあるマンションの一室が、秋山氏の仕事場になっていた。
 見開き処理の関係で、何ページか描き足してもらう必要が生じ、その原稿取りに出かけたのだ。
「おう、よく来たな」
 チャイムを鳴らすと鉄のドアが開き、秋山氏が顔を出した。
 顔には薄い茶色のサングラスをかけ、着るものは黒ずくめ。マンガに出てくるのと同じスタイルの秋山氏が、そこにいた。しかも畳敷きの部屋の中を下駄履きで歩いている。
 ぼくが玄関で靴を脱ぐべきなのかどうか戸惑っていると、
「そのまま上がってきな」
 と、秋山氏が声をかけてくれた。
 おそるおそる土足のまま部屋に上がり、畳の部屋を通り抜けていく。もう長いこと土足で歩いているせいなのか、畳表はゴルフ場の芝生のように毛羽立ち、逆立っていた。

 アシスタントたちは、別のアパートの一室で仕事をしているとのことだった。このマンションは、秋山氏と、このときは不在だったが、若くて可愛らしいアイドルのタマゴのような女性秘書がいるだけだった。
 奥のベランダに面した部屋が、秋山氏の仕事部屋になっていて、机がひとつだけ置かれていた。
 秋山氏は、自分の机の正面に、椅子をひとつ持ってくると、「そこに座れ」という。
「あの……原稿は……?」
 ぼくは、椅子に腰をおろして、おずおずと訊いた。
「おめえ、アシスタントしてたんだってな。ベタくらい塗れるだろ?」
 唐突に秋山氏がいった。
「は?」
「おめえんとこの社長がいってたぞ。これから原稿取りにいく若いのは、ちょっと前までアシスタントをしていたから、ベタ塗りくらいなら手伝わせてかまわねえってな」
 薄い色のサングラスの奥の目が、ぼくを見てニヤリと笑っていた。
 秋山氏のアシスタントは、別のアパートにある仕事場で連載の原稿に追われていて、こちらの仕事に割く時間もないらしい。でも入稿の時間は迫っている。
「だったら、原稿をとりにいくうちの若いのが、マンガも描けるから手伝わせたらどうだ」
 と、うちの社長が電話でもちかけた結果、秋山氏が了承したということのようだ。
 秋山氏は、自分の机の上に原稿用紙をひろげると、
「おれがこっちからペン入れしてくから、おめえは、そっち側からベタを塗れ」
 といって、ぼくの前に墨汁と筆を置いた。
 秋山氏は、ささっとシャープペンシルで下絵を入れると、シャカシャカと、すごい勢いでペンを走らせていく。いや、走らせる、というよりも、たたきつけるといった方がいい。『ほらふきドンドン』のキャラクターと背景が、一気に描かれていくのだ。
 ぼくは、その迫力に気押されしながら、秋山氏がペンを入れる原稿用紙に、向かい側からベタを塗っていった。1枚の原稿に2人が向かい合わせになって、同時にペン入れとベタ塗りをする経験など、もちろん生まれて初めてのことだ。いや、その後、自分がマンガ家になってからも、このような経験は一度としてなかった。
 時間がないので、ホワイトも使わないですむように、慎重にベタを塗っていった。同じ紙の上に、一方ではペン入れがされているのだから、当然、紙も動く。ベタを塗りにくいったらありゃしなかったが、秋山氏は鼻歌まじりでペンを入れていく。ぼくの背後の壁にはレコードプレーヤーが置かれ、古今亭志ん生の落語がかかっていた。
 ベタ塗りが終わった原稿をヘアドライヤーで乾かすと、ぼくは、その原稿を持って、大急ぎで事務所にもどった。入稿の時間が、もうギリギリになっていたからだ。
 秋山氏のところに原稿を取りにいったのは、このとき1回こっきりだったが、翌年、また再会を果たす。鈴木プロをやめたあと、臨時のアシスタントを頼まれ、毎週、秋山氏の仕事場に通うようになるからだ。
 そして、あの「『アシュラ』騒動」が起きたとき、ぼくもチョッピリ巻き込まれることになる。そんな運命(?)が待ち受けていようとは、原稿取りをしているときにわかるはずもない。1969年の終わり、ぼくは、まだまだヒヨッコの見習い編集者だった。


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コメント

フジオプロに入社したアシスタントの女の子Fさんは
すごいオデブちゃんでした。
赤塚が「やせろ」と言っても、知らん顔。
ところが、しばらくして、彼女は徹底したダイエットで
見事にやせて、カワユイ女の子に変身したのです。

どうして痩せたのか、赤塚が聞くと
「ジョージ秋山先生のスタジオへ行ったら、おまえ
太っているな!と言われたからです」と答えたのです。
「なに~、ジョージのファンだったのか!!」と
赤塚はくやしがることしきりでした。

彼女はその後、伊勢丹へ就職してしまったんですが。
(フジオプロ入社で面接し採用したのはぼくでした。)


>「おめえ、アシスタントしてたんだってな。ベタくらい塗れるだろ?」


   い  き  な  り  で  す  か


>長谷先生

 もうじき、代々木にあったフジオプロを訪問したときの話も出てきます。赤塚先生ひとりしかいなかったときに伺ったのですが……。

>MMMさん

 秋山氏は、そーゆう人だったんです。このあと、アシスタントをしたときも、やはり、いきなり、がありました。



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