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『仮面ライダー青春譜』第4章 アシスタントから編集者へ(15)

●もう一人の天才――ダディ・グース

ダディ・グース&矢作俊彦氏の著作。クリックすると大きな画像が表示されます。 この頃は、坂口さんをはじめ、個性的なマンガ家がたくさん登場していた。マンガ界にとって、最も熱気にあふれた時代でもあったのだ。
 なかでもユニークなマンガ家を輩出していたのが双葉社の『漫画アクション』だった。同社の『漫画ストーリー』に登場したモンキー・パンチ、バロン吉元といった人たちが、それまでにないアメリカンナイズされたユニークな絵柄と構成で『漫画アクション』に新作を描き、人気を集め始めていた。
『ルパン3世』のモンキー・パンチ氏は、兄弟ふたりの合作のペンネームだった。兄弟のどちらかが、時代マンガで第1回講談社新人賞を受賞していたはずだ。
 バロン吉元氏は、セントラル出版という名古屋の貸本劇画専門出版社から出ていた『街』という短篇劇画誌の新人賞受賞者だった。その後、横山まさみち氏の横山プロダクションに入り、吉元正の名前で『鉄火場シリーズ』などのヤクザものを手がけていたが、『漫画アクション』に出てきたときは、絵柄も名前も変わり、西部劇や『賭博師たち』(傑作!)といった作品を手がけるようになっていた。『柔侠伝』という大ヒットが生まれるのは、この少し後のことだ。
『漫画アクション』には、ほかにもユニークなマンガ作品が登場していたが、なかでも気になったのは、アメリカのパロディ雑誌『マッド』に掲載される似顔絵マンガに似たバタ臭いマンガで、作者の名前はダディ・グースといった。

『平凡パンチ』に紹介されたプロフィールによれば、東大付属駒場高校で学園闘争をし、そのままドロップアウトしてマンガ家になったということだった(※東大付属ではなく東京教育大付属だったかもしれない。ダディ・グース氏の叔父さんだったかが、「平凡パンチ」の編集者だったと、宮谷一彦氏から聞いたことがある)。
 絵柄は確かに『マッド』のマンガを下敷きにしていたが、アメリカの似顔マンガをまねるには、デッサン力が必要になる。デッサンの素養のないぼくには、逆立ちしても真似のできない絵柄だった。そのむずかしい絵柄で、オリジナルのパロディマンガを描いていたのがダディ・グースだったのだ。
「ダディー・グースは天才だ!」
 ぼくは心底そう思い、マンガ仲間にも触れてまわったのだが、誰も同意してくれなかった。当時のアシスタントは、劇画系の細密な描写をするマンガ家を好む傾向が強く、パロディマンガに関心を持つ人は皆無に近かった。
 それは、一般のマンガ雑誌の読者にとっても同じだったらしい。たぶん人気アンケートのせいだとは思うのだが、ダディ・グースのマンガは『漫画アクション』でも、一九七四年あたりを最後に見かけなくなっていく。
 その後、ダディ・グースの名前を見つけたのは、早川書房の『ミステリマガジン』誌上だった。そこで彼はレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』をマンガ化していたが、主人公であるフィリップ・マーロウの顔は、どう見ても、テレビ映画『逃亡者』で主人公のリチャード・キンブルを演じたデビッド・ジャンセンだった。
 その連載と平行してだったろうか、終了後だったろうか、同じ『ミステリマガジン』に、バタ臭い感覚の横須賀の刑事を主人公にした国産ハードボイルドが掲載された。作者の名前は矢作俊彦といった。この作者の初の書き下ろし長編『マイク・ハマーへ伝言』が、光文社から出版されるのは一九七八年のことだが、その直後、『リンゴキッドの休日』も早川書房からハードカバーで出版された。
 このハードボイルド作家・矢作俊彦氏こそが、マンガ家ダディ・グースの変身した姿だったのだ。矢作氏は、その後、古巣の『漫画アクション』で大友克洋氏とコンビを組み、『気分はもう戦争』の原作を手がけることになる。

本『少年レボリューション』(ダディ・グース/飛鳥新社/2003年四月刊/2,625円)

※冒頭の写真は、矢作俊彦氏の作品(『リンゴキッドの休日』と『夏のエンジン』。後者は装丁がダディ・グース名義。大判の本は、2003年に復刻されたダディ・グース氏の作品集『少年レボリューション』。懐かしさにかられて、つい買ってしまいました。


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コメント

バロン吉元の『賭場師たち』が傑作!とありましたので
一言いってみたくなったしだいです(笑)。
私はバロンさんのはじめてのアシスタントでした。
バロンさんの作品の何に一番驚いたかというと、
もちろんアメコミそっくりの絵、
長沢節そっくりに描けた画家志向を内在させた絵
(「勝負師金ちゃん」)
もたしかに魅力だったのですが、それよりも、
主要人物のリアルの絵と脇役のギャグの絵を
一つの作品の中で描き分けたことなんです。
これほど自在な描き分けを方法化して
身に付けていた日本のマンガ家は現在まで
見たことがないのです。
そのとき私はアメコミ、バンド・デシネの
コレクターだったので、ニール・アダムス、
メビウスはリアルからギャグの絵までを
自在に描き分けていることは知っていましたが、
ストーリーマンガで、二つの絵に位相化しての描き分けを、
方法化していることに、驚いたのです。
(少女漫画家は言葉を位相化していました。)
そのキャラクターの描法の方法は傑作!と思うのです。


安西さま

 ようこそ!

 バロン先生には、ちょっと前、漫画原稿盗難事件のときに初めてお目にかかりました。その後、パーティーなどで挨拶させていただいております。

 ぼくは『賭博師たち』と『柔侠伝』が大好きでした。そういえば、突然、ギャグマンガになるときがありましたね。確か、あの線は、すべて筆で描かれていたんですよね?


はい、面相筆でキャラクターはすべて描かれています。
バロンさんはペンでは、線描に資質の硬さがでるとかで、
面相筆を使ったと確かいっていました。
私にはめずらしくて、真似ていたらすぐに、
面相筆で人物を自在に描けるようになりました。
もちろん私の筆線とは深さが違っていて、
バロンさんは当時、長沢節の筆勢のスタイル画を
見事にソラで描くことができていました。


>安西さん

 コメントありがとうございました。大学の課題を片づけていたせいで、返信が遅れてすみません。

 長沢節氏は、つい最近、亡くなられましたが、ぼくも、あの絵が好きでした。長沢氏のセツ・モード・セミナーからは、イラストレーターやファッションデザイナーもたくさん輩出していますね。


すがやさんのホームページを見てると
ものすごい忙しそうですね。
でも忙しいほどたくさんのことができるんですよね。
井上智さん、福本一義さんたちのプロダクションで
一緒に仕事をしたことがありますので、
手塚さんの代筆とかもしたこともあって、
超人的な仕事ぶりは体験的にすこしは知っています。

バロンさんとセツの講師をしていた穂積さんの
共作(劇画)があるんですが、
イラストレーターの穂積さんには、
キャラクターをマンガ家のバロンさんのようには
ソラで描いて、自在に動かせないんですね。
でも、穂積さんが人物の顔にちょっと手を入れると
一変して、
それにはバロンさんもビックリしたって言うんですね。
絵描きとマンガ家の決定的な違いを
知ったということなんですね。


>安西さん

 穂積さんの作品は高校生の頃から好きで、よくながめていました。「メンズクラブ」などのファッションイラストでしたが。

 その後、「自動車のイラストレーション」という本を出されましたが、これは劇画家のアシスタント志望だったぼくのバイブルのような本になりました。遠近法の取り方などは、この本で学んだような気がします。

 その後、江戸の街のできる様子を図解した絵本を出されたりしましたが、やはり、とてもよくできた本で、資料性も高かったので、すぐに購入しました。

 そういえば「自動車のイラストレーション」は、古書相場では、かなりの高値がついていたはずです。ダヴィッド社だったかな……。


穂積さんの図解の絵を見たとき、
自分の資質を見つけたなって思いましたね。
ファッションイラストを描くとき(フリーハンドの絵を描くとき)、
穂積さん(たちイラストレーターは)写真をトレスする、
窮屈な描き方をしてました。
だから、長沢さんやボブ・ピークやバロンさんが、
フリーハンドで、ソラで自在に描けることに、
とてもうらやましい思いはあったんでしょうね。
実際長沢さんは、写真的リアリズムでは
絶対描けないよって、魚眼レンズて写すようなリアルさを保持したままの
デフォルメの極端な絵を描いて見せていました。
図解を見たとき、すがやさんといっしょで、
穂積さんの建築的な資質にピタッときて、
資料的なすごくいい仕事をしたなって
ホントにおもいましたね。
この穂積さんの図解の絵のとなりに、
一ノ関圭さんの「絵本 夢の江戸歌舞伎」(岩波書店)を
置いて見ると面白いですよね。
すがやさんが「自動車のイラストレーション」で
(いま古書で1500円で売っています)
遠近法を学んだというように、穂積さんの図解の絵は
遠近法の枠内にありますよね。
そのことがより資料的にいい図解的な絵にしている理由ですね。
でも一ノ関さん絵は、
西欧近代の構図法(遠近法)そのままではまったくないですね。
マンガ家である一ノ関さんを知っていると、
マンガ表現の方法から描かれていることがわかるんですが、
イラストレーターの方法ではこうは描けませんね。
むしろ、浮世絵師・北斎の方法に近いですね。
「北斎漫画」に遠近法の図解があるんです。
でも焦点がないんですよ(笑)。
両側の中心に向かう線が一点で交わらないんですね。
ただ私たちも絵を描きますからわかるんですが、
両側の形象は奥にいくほど小さくなりますから、
絵を描くにはこれで十分なんですね。
焦点がないということは、絵がぼけるってことですが、
北斎の絵はぼけてはいないんですね。
だから焦点をぼかしたまま描いてはいないんです。
つまり北斎は、焦点は描かれるものにそって、
任意に移動したんですね。

一ノ関さんはたしか東京芸大出ですから、アカデミックな遠近法は身につけてるはずですけど、マンガ表現も身につけてますから、「絵本 夢の江戸歌舞伎」は北斎的な描法になっているんだと思いますね。



>安西さん

 大学の授業やらレポートやらに追われ、昨日は早稲田の図書館まで、ビデオを見にいったり、そのあとは飲みにいったりで、すっかりコメントが遅くなりました。申しわけありません。

 一ノ関圭さんの『絵本 夢の江戸歌舞伎』は、本当にいい本ですね。暇があるとながめていますが、遠近法については、意図的に浮世絵風の奥行きのない構図にしたり、奥行きのある絵でも、パースがカーブしていたりと、その場面にふさわしい構図が使われています。

 北斎の遠近法についても、先日、国立博物館の「北斎展」に出かけたとき、遠近法を使った「浮絵」を見て、1点透視や3点透視図法ではないことが、よくわかりました。消失点がいくつもあるような絵なんですよね。しかも人物の大きさなどは、あまり計算されていなくて、奥にいくに従って、ただ小さくなるばかり。背景と比較すると人間の大きさも変な感じになっていました。

 いま、大学で「認知心理学」を受講しているのですが、この授業では「奥行き知覚」や「視点」に関して心理学の立場からの考え方などを学んでいます。こちらは『マンガでわかる小説入門』という本でも「視点」についてページを割いて解説している関係もあり、「視点」について強い関心を持っています。そんなことから昨日は、早稲田の図書館で、1枚の絵に多視点(アングル)を持ち込むことで知られているピカソが、即興で絵を描いていくシーンを延々と映した映画を見てきました。ほかに書店で入手できなかった小説の視点について書かれた本を借りたりと、図書館を有効活用させてもらっています。


「富嶽百景」の北斎の跋文に「奥意を極め」とあるんですが、これを深読みすると、「ピカソの多視点」(欧米の現在の視線論)よりもはるかに自由自在な視線の方法論が内在していると理解できるんです。
北斎は、他者や対象にはないんだ、対象を見ずに描ける自分のなかにあるんだ、そう「奥意」をいっているんです。ですから、北斎にとって、観察というのは、観察しないで描けるためにあったわけですね。
私は蒔絵の修行をしたんですが、ご存知のように漆を使っての加飾技法の蒔絵を習得したんですが、興味深かったのは、漆を扱う技法の蒔絵ではなく、蒔絵の下工程の「図案」の方法でした。
図案の描き方には,日本画と文様が入って基本ができているんです。(北斎の「奥意」の言い方すすれば、もの(対象)をいかに類型として要約して描くかという方法なんです。もっと簡単に言えば「型」で描くということなんです。)
この「図案」の方法には、ほとんどすべての描き方が入ってしまうんです。ですから、あらゆる視点からの絵も取り込めてしまえる方法なんです。
<方法としての北斎>という視点からは、驚くほどの多様な描法を獲得できると思います。


「図案」を実際にどう描くのかを、具体的に言ってみます。たぶん、図案は実際に描かれてはいますが、言葉でたどって、方法として意識的に描かれてはいないと思います。
つまり、日本の図案の解析は誰もしていなくて、手つかずの未知の視点の描法だと思います。

よく知られているのは、「花丸」という図案だとおもいます。

永平寺(傘松閣天井絵)の「花丸」の絵(図案)は、丸枠が鮮明にあって、そこに花鳥図が描かれています。丸枠線が鮮明だと、そこにはどんな絵でも収まってしまいます。欧米でもこの花丸の絵は普通に見られます。

つぎにこんな視線からの描き方の「花丸」があります。
描く花を、葉と花に分離します。
葉を一方向からの視線で平面化して描き、丸枠線のかわりになるように描きます。
花は、葉を後景にして立体的に(多方向からの視線で)描きます。このように、葉は、丸枠と直接に一体化させ、花は、丸枠面と間接に関係させて描きます。

もうひとつの視線による「花丸」の描き方は、描かれた丸枠がない「花丸」の絵です。
つまり、丸枠を、花に同化させてしまって描くんです。ここでは丸枠線を描きませんから、平面の丸枠を内包した「花丸」も描けますし、球形の丸枠を内包した「花丸」も描けるんです。




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