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『仮面ライダー青春譜』第4章 アシスタントから編集者へ(17)

●『赤頭巾ちゃん気をつけて』

「女性自身」に連載された五木寛之・原作、松本零士・作画の「劇画」連載は、予定どおり8回で終了することになった。しかし、劇画の連載企画そのものが終了したわけではなく、「女性自身」の編集部では、さらに話題性のある文芸作品の劇画化を目論んでいた。
「女性自身」が次の連載劇画の原作として白羽の矢を立てたのは、芥川賞を授賞し、映画化が発表されたばかりの『赤頭巾ちゃん気をつけて』だった。
 作者は庄司薫氏。「劇画」化は、矢代まさ子さんが担当することになった。
(矢代まさ子氏の作品を「劇画」と呼ぶのは抵抗があるので、ここからは「マンガ」に統一する)
 マンガの原稿に取りかかる前に、まず庄司氏に挨拶しようということで、矢代さん、「女性自身」の担当編集者、そして、ぼくの3人で、指定された銀座のウエストという名曲喫茶に出かけることになった。
 この頃の庄司氏は、超多忙で、行方をくらましてばかりいた。編集者と会うのも、月に何日かだけ。庄司氏と会いたい編集者は、あらかじめ指定された時刻に、指定された場所に出かけるしか会う方法がないという話だった。
 そのせいか、ウエストに着くと、あちこちのテーブルに編集者らしき男女がすわり、入口の方にギョロリと目を光らせていた。
 高校を卒業するときに母が買ってくれた一張羅のスーツに身を包んだぼくは、矢代さんと編集者と一緒にテーブルについた。メニューを渡されたが、よく知らない名前の飲物ばかりが並んでいる。てっきりソーセージがついてくると思って頼んだウィンナコーヒーの飲み方がわからず、「女性自身」の編集者に教えてもらっていると、よそのテーブルにいた他社の編集者らしき人が、ぼくたちのテーブルに歩み寄ってきた。
 その編集者は、ぼくの顔を覗き込むと、いきなりこういったのだ。
「あの庄司先生ですか?」

「はあ……?」
 ぼくがあっけにとられていると、
「ちがう、ちがう。彼は、うちの編集のお手伝いさんだよ」
 と、横から「女性自身」の編集者が助け舟を出してくれた。
他社の編集者は、ぼくを庄司薫氏とまちがえたらしい。
「どうも、写真と雰囲気が似てたもんで……」
 といって、その編集者は去っていった。その編集者も、庄司氏には、まだ会ったことがなかったらしい。
「芥川賞作家と間違えられるなんて、光栄だね」
「女性自身」の編集者と矢代さんが、けらけらと笑った。
 庄司薫氏が店内に姿を見せたのは、十五分ほど過ぎてからのことだ。白のスーツに身を包んだ庄司氏は、さっそうとテーブルからテーブルを飛び歩き、待たせていた編集者たちと打ち合せをかさねていく。その姿は、まさにマスコミの寵児という形容がぴったりだった。
 やがて庄司氏が、ぼくたちが待つテーブルにやってきた。
 庄司氏は、『赤頭巾ちゃん気をつけて』のマンガ化に関連して、いくつかの条件を出してきた。そのなかの最重要案件は、マンガの原稿を掲載前にチェックしたいというものだった。映画化が進められている折りでもあり、映画に悪い影響が出るのが心配だというのだ。
 ぼくは内心、少しムッとしていた。『ようこシリーズ』をはじめとする矢代作品を貸本時代からたっぷりと読んでいて、矢代さんが、いかに優れた作品を描くマンガ家であるかを知っていたからだ。
 ――ひょっとするとマンガが小説を凌ぐかもしれない……。
 そんなことまで、ひそかに期待していたほどだったのだ。
 もちろん、原作者の前で、そんなことを口に出せるはずもない。おそらく、矢代さんも悔しい思いをしたはずだが、やはり沈黙を守っていた。
 それから二週間ほどが過ぎ、第一回目の原稿の締め切りがやってきた。
 マンガ家で締め切り日に原稿を仕上げてくれる人は、まずいない。矢代さんも、その例に漏れなかった。
 しかし今回は、原作者サイドの事前チェックがあるので、その分、締切を前倒しにする必要があった。そのため、原稿の締切は、実際の入稿日よりも、かなり早めに設定されていた。
 締切日の早朝、国分寺にあった矢代さんのお宅に伺うと、まだ原稿が終わっていなかった。あわてたぼくは、女性のアシスタントと一緒になって、仕上げを手伝うことにした。
 スクリーントーン貼りを手伝おうとしたら、カッターの数が足りないという。しかたがないので、ボンナイフという小学生が鉛筆削りに使う折りたたみカミソリを借り、これでトーンを切って原稿に貼りつけた。
 おかげで締切時刻に間に合ったが、もちろん締切とは、原作者に原稿を見せる約束の時刻のことである。庄司氏に原稿を見せる役目は、光文社の編集者が担当した。

「あのマンガの連載が、延期になった」
 突然「女性自身」の担当者から連絡があったのは、二、三日後のことだった。編集者は、矢代さんの描いた原稿を、庄司薫氏本人と、映画の監督を担当していた森谷司朗監督に見せて、掲載の了解をとりつけようとした。ところが、結果はノー。編集者は、掲載を延期してほしいと要求されてしまったのだ。
 映画化に当たって一年がかりで改訂をかさね、ようやく決定稿に漕ぎつけたばかりのシナリオのファースト・シーンと、矢代さんが描いたマンガのファースト・シーンが、まったく同じだったという。矢代さんのマンガのファーストシーンは、原作にはない矢代さんが独自に考えたものだった。もちろん映画のシナリオなど読むチャンスもない。主人公の薫クンが、広い川の河川敷のようなところを歩くシーンだったが、似たのは、まったくの偶然だ。
 映画が公開される前にマンガが出ると、映画がマンガを真似したと思われかねない――というのが、ノーの理由だった。映画の公開後だったら、いつ掲載してもかまわないというのだが、マンガ化に当たっての条件に、このチェックが含まれていたため、これは呑むしかなかった。
「女性自身」の編集部は、頭をかかえた。すでに連載劇画のページ枠を取ってあるのだ。八ページというストーリーマンガにしては短いページ数だったが、女性週刊誌にしては、大盤振る舞いのページ数だった。
 すでに締切が迫っていたため、他のマンガ家に連載を依頼する時間もなく、一回は、穴埋めの企画でページが埋められることになった。
 だが、次の週には「劇画」の連載をスタートさせたいという。そこで再び白羽の矢が立ったのが、五木寛之氏の小説だった。
「女性自身」では、数ある五木氏の傑作短編小説のなかから『海を見ていたジョニー』を第一候補に選ぶと、五木氏に劇画化の許可を求めにいった。
 ところが五木氏は、『海を見ていたジョニー』の劇画化に当たり、事前に担当する劇画家の絵を見せてほしいといってきたらしい。前回、五木氏の作品を劇画化した松本零士氏の絵が、あまりお目にめさなかったらしいのだ。担当していたぼくは、まるで違和感を感じていなかったのだが、五木氏は、もっと劇画劇画した絵柄が望みだったらしい。
『海を見ていたジョニー』は、ぼくも読んでいた。青春小説の傑作である。この作品を劇画化できるとしたら、それは、ひとりしかいない。しかも五木氏も絶対に気に入るはずだという確信があった。
「女性自身」の編集者と鈴木プロの社長が、候補となるマンガ家の名前をあげているところに、ぼくは生意気にも口を挟んだ。
「『海を見ているジョニー』を劇画化できるのは、宮谷さんしかいないと思います」
 宮谷さんとは、もちろん宮谷一彦さんのことだ。
 鈴木社長は、目玉をギョロリと回してぼくを見た。
「うん、いい、彼ならピッタリだ!」
 元「COM」の編集者で、宮谷氏のデビューにも立ち会っている社長は、何度も首を縦に振った。
「誰、それ?」
「女性自身」の編集者は、宮谷さんを知らなかった。もちろん五木氏も知らないだろう。そこで、ぼくが持っている宮谷さんの作品の切り抜きを「女性自身」の編集者に渡し、それを五木氏に見てもらうことになった。
 ぼくは、宮谷さんのほぼ全作品をスクラップしてあった。このスクラップを「女性自身」の編集者に預けたのだ。
 スクラップの表紙には、この直前に公開されて大ヒットした映画『イージーライダー』の中で使われていたステッペン・ウルフの歌、『ワイルドで行こう(Born to be Wild)』の歌詞を英語で書き連ねてあった。いまにして思えば実に恥ずかしい行為だが、当時は、そういう時代でもあったのだ。

『ねむりにつくとき』(「COM」月例新人賞受賞作) 『不死鳥JYO』(小学館「ボーイズライフ」掲載) 『75C(セント)のブルース』(「少年サンデー」掲載) 『GP魂』(「少年サンデー」連載)

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コメント

すがやさんこんにちは。
いつも楽しみに読ませて頂いています。
とうとう宮谷氏の登場ですね!
前々回のダディー・グースのように
宮谷一彦作品も大判で復刻してくれるところないのかなあ・・。

「赤頭巾ちゃん・・」がベストセラーになった当時、三鷹駅近くであった庄司薫の講演会を聞きに行ったことがあります。小説の「薫くん」のイメージをみごとに裏切る「海千山千のプロ小説家」だったんでウブな高校生だった僕は「小説家って凄い・・」と思いました(笑)

矢代まさ子の「赤頭巾ちゃん・・」はどうなったのでしょう・・。続編を楽しみにしています。


『赤頭巾ちゃん~』ってサリンジャーの『ライ麦でつかまえて』のソックリさん小説でしたよね。ご本人はパロディと
考えていたのかなあ…。

ぼくは「COM」盗作世界名作全集 巻の8
『ライ麦畑でつかまえて』で、庄司薫を茶化しています。
チビ太がホールデンで登場するというデタラメぶりで
描いた作品です。

現在は『パロディ漫画大全』(水声社)で読めますが…。
矢代さんが庄司薫作品を描いたとはビックリしましたよ。


>山下さん

 はい、いよいよ宮谷さんが登場ですが、学業と仕事の両方が忙しいため、ペースはポチポチになります。ゆっくりつきあってください。

>長谷先生

 はい、そうです。当時は知りませんでしたが、『赤頭巾ちゃん』と『ライ麦畑』については、あとで友人から教えられました。

 もうじき、フジオプロを訪問したときのことなども出てくる予定です。代々木にスタジオがあった頃のことです。



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