モバイルコラム

** No.008 **
傍受と盗聴
(99/08/02)
 先日、TBSテレビ「ニュース23」で筑紫哲也氏が発言した「トイレの落書き」(ホントは「便所の落書き」と言った)のことについて触れたが、このとき筑紫氏が話した「傍受」という言葉についても、インターネットのあちこちで話題になっている。例の東芝サポート問題の電話録音について、筑紫氏は「傍受」という言葉を使っていた。この言葉の使い方が、おかしいのではないかという疑問である。電話の内容を録音し、ホームページで公開したA氏も、同じ疑問を呈している。
 筑紫氏は「盗聴」と同じニュアンスで「傍受」という言葉を使っていた。また、非難する側の主張も、「電話の一方の当事者であったA氏が録音したのだから『傍受』には当たらない」というもので、これも「盗聴」と同じニュアンスで「傍受」という言葉を使っていた。
 国会で審議中の通称「盗聴法案」の正式名が「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(案)」であるために、「傍受=盗聴」というイメージがつきまとっているのだろうが、長年アマチュア無線に親しみ、電波法にも馴染んできた身にしてみると、昨今の「傍受」という言葉の使用法には、ついクビをひねりたくなってしまうのだ。
 国語辞典を引くと、「傍受」の意味は「他の無線通信のやりとりを、第三者が受信すること(小学館・国語大辞典)」と記されている。「無線通信」を「傍(かたわ)らから聞く」という意味だ。電波を使う無線通信は、「受信機さえ持っていれば、誰にでも聞くことができる」ものでもある。その前提に立った上で、電波法では次のように定められている。
「第五十九条(秘密の保護)=何人も法律に別段の定めがある場合を除くほか、特定の相手方に対して行われる無線通信を傍受してその存在若しくは内容を漏らし、又はこれを窃用してはならない。」
 そう、無線通信とは「誰かに聞かれる可能性のある通信」なのである。そのため通信の秘密を守ることについては、上の条文にもあるように、「良心」に頼るしかないのが実状だ。
 そのため、携帯電話や警察無線のような「特定の相手方」との間で通信の秘密を守りたい通信については、デジタル化が促進されてきた。音声をデジタル方式の暗号化、符号化することで、通信の秘密を守ろうという考え方だ。
 かつては警察無線もアナログのFM変調方式で、警察無線受信マニアたちが傍受し放題の状況だった。もちろん、その通信の存在や内容を漏らしたり、悪用すれば罪になる。ただし、こっそり聞いているだけなら罪にはならない。電波は四方八方に飛んでしまうものであり、かつ、電波は公共の財産であるという考え方が根底にあるからだ。
 つまり「傍受」とは、無線通信のような、「たまたま聞こえてしまう」可能性のある通信を受信することで、ここに「盗聴」の意味はない。
 一部の国語辞典には「電話を傍受する」という意味も書かれているが、これも本来なら、「喫茶店の公衆電話で大声で話している人の話し声が聞こえてしまった」「通行中に、近くを歩きながら携帯電話で話している人がいて、その会話の内容がわかってしまった」というような状況をだと考えるのが理にかなっているのではなかろうか。
「盗聴」と「傍受」の関係は、他人の会話をこっそり聞くときの「盗み聞き」と「立ち聞き」の関係に似ているともいえる。会話の当事者が、「近くに第三者がいないと思って会話している」か、「もしかしたら誰かに聞かれる可能性もあると思って会話している」かの違いである。
 携帯電話やコードレスホンは、通常の有線電話の延長にあるため、つい「通信の秘密」が守られていると思いがちだが、電波を使用している限りは「傍受される可能性もある」ものだ。実際、アナログ携帯電話やコードレスホンの通話の内容は、市販の「情報受信機」でバリバリ「傍受」できる。だが、通常の電話回線はもちろん、携帯電話系でも地上系の回線や交換機部分から通話内容を引き出す方法になれば、もはや「傍受」とはいえないはずだ。
「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(案)」は、まさに「盗聴法案」であり、ほかに適切な用語がない限り(あるいは新語を作らない限り)、やはり「盗聴」を使うべきだろう。「傍受」という言葉を使っているのは、「盗聴」のイメージを緩和することを目的としたゴマカシであり欺瞞である――というのが僕の考えだ。
 ただし、悪質化する一方の組織犯罪などに対しては、「盗聴」という捜査方法も必要だろうとも考えている。もちろん一般市民にまで拡大解釈されて適用されたり援用されることがない、という前提に立ってのことだ。もちろん、その判定がむずかしいのも知っている。
 A氏の例に戻るなら、「たまたま」A氏の近くにいた人が、A氏の会話の内容を横から無断でテープレコーダーに記録したような場合が「傍受」になるはずだ。もちろんこの場合は、A氏の声しか録音できないだろう。両者の電話の通話を横から録音するには「盗聴」しか方法がないからだ。A氏は通話の一方の当事者であり、そのA氏が通話内容を録音したことは、「傍受」でもなければ「盗聴」でもなく、「無断録音」であるはずだ。相手の同意を得ないで録音し、それを公開したことについては、プライバシーの公開など別の問題になる。もちろん、通話の相手が企業を代表していたか、一個人だったかで、プライバシーに対する概念も異なってくるだろう。
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 類語辞典を開いてみたら、「盗み聞き」「立ち聞き」「盗聴」の使用例の違いとして、「警察無線を盗聴する」という用例が紹介されていた。電波法にも記されているように、「無線」は「傍受」できてしまうものだ。たとえ警察無線といえども、これは「盗聴」とは異なるのではなかろうか……と、昔の無線少年は危惧してしまうのである。この考え方、おかしいですか?(END)
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