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つけ乳首と乳首つきブラジャー

インベーダーウーマン

 ノーブラといえば、やっぱりこの人だよネ!
(絵をクリックすると拡大画像が表示されます)

 この話題、この人が書くと思ったのだが、さっぱり書く様子がないので先に書く。

 近頃、「つけ乳首」なるものが売れているそうである(ニュース商品)。あの女子テニス界の妖精シャラポワちゃんの胸のポッチンも、正体は、このつけ乳首らしいとかと話題になっているらしい。
 そんな話をニュースで読んで思いだしたのが、35年ほど前のことである。

 日本が70年安保反対運動やベトナム反戦運動に揺れていた1970年のはじめ、ぼくは、 池袋の小さな編集プロダクションに勤めていた。会社の事務所が入った4階建ての雑居ビルは、隣には文芸座(旧)という映画館があり、 同じビルの1階と2階はソープランド(当時はトルコといった)があるという素晴らしい環境の中にあった。
 しかも、深夜ひとり事務所で残業していると、お茶を挽いたトルコ嬢……もといソープ嬢が非常階段を伝って遊びに来るのだ。 それも下着の上下に店の半天を羽織っただけの姿である。彼女のお目当ては、事務所に置かれたマンガの本だった。ぼくが勤務していた会社は、 日本初のマンガ専門編集プロでもあったので、事務所の中にはマンガ雑誌やコミックス(単行本)があふれるほどにあったのだ。
 彼女のお気に入りは『天才バカボン』や『おそ松くん』といった赤塚不二夫作品で、いつもクスクスと笑いながら読んでいたのだが、ときおり、 クルマのついた事務椅子にすわったまま、ぼくの脇にすり寄ってきて、「この字、何て読むの?」とマンガの本を突き出してくることがあった。
「小学校も満足に行ってないから、むずかしい漢字が読めないの」と、石鹸の匂いをさせながら彼女は言った。
「赤塚センセーのマンガが好きなのは、むずかしい漢字がないからなの」とも言っていた。
 たしかにギャグマンガには漢字が少ないが、困ったことに、雑誌に掲載時には漢字の脇についていたルビが、 サイズの小さな新書判コミックスになるときには削られてしまうのだ。ぼくもマンガを単行本化する編集の合間に、シコシコとカッターの先で、 写植のルビを削る作業を担当したことがあった。
 胸の谷間がまる見えになるほどにすり寄ってきて、字を教えてくれとせがまれたのだが、まだ未成年で純情だったぼくは、 彼女の生い立ちに思いを馳せて同情するのが先で、漢字の読みを教えてやるのが精いっぱいだった。
 ……ん? 話題がちがうぞ。閑話休題。
 この会社には、Aさんという文芸座の支配人も、よく顔を出していた。昼間、仕事の途中で抜け出してきては、 お茶を飲んだりコーヒーを飲んだりしながら、ひとしきりお喋りしていくのである。年の頃は40過ぎ。独身で、刈り上げの頭は伸ばし放題。 太い黒縁の眼鏡をかけていた。風采の上がらないという形容詞が、よれよれのワイシャツとネクタイをつけて歩いているような人だった。 早い話が、東海林さだお氏のマンガに出てきそうな、くたびれたオジサンである。
 Aさんは話好きで、しかも話題が豊富だった。だから話していても、相手を飽きさせない。ぼくは、そのウンチクぶりに、「へえ~」 を連発しながら聞き入ったものだった。
 そのうえにAさんは、変わった趣味も持っていた。女装だとか覗きといった趣味ではない。Aさんの趣味は、なんと、発明なのだ。
 ある日、ぼくがひとりで仕事をしていると、Aさんが、B4サイズほどの紙を持ってやってきた。
「ねえ、すがやくん。これ見てよ」
 とAさんが得意気に開いた紙に描かれていたのは、なんとブラジャーの絵だった。
 しかも、両のカップの先端に、何かポッチがついている。赤く塗られていたので、一瞬、小豆に見えたが、大きさは大豆以上。
「何ですか、これ?」
「見ればわかるだろ。ブラジャーだよ。それも乳首つきのね」
 Aさんは、うしろに得意気に身体をそっくり返して言った。このシーンも東海林さだお氏描くところの中年サラリーマンが、 ちょっと得意になっているところを思い出していただけるとありがたい。
「赤ん坊にでもしゃぶらせるんですか?」
 まだウブだったぼくは、この頃はまだ、ボインは赤ちゃんのためにあるんやで、と思い込んでいた(たぶん)。
「ちがうよ。ほら、最近、ヒッピーとかフーテンの女の子たちの間でノーブラが流行っているじゃない。 Tシャツの下で乳首が透けた胸をゆさゆささせるのが。ウーマンリブの女性闘士たちも、ノーブラ宣言をしているし、 これからは絶対にノーブラの時代になると思うんだ」
「だったらブラジャーなんて、必要ないんじゃ?」
「読みが浅いなあ。日本の女性は、いくら解放されてきたといっても、すぐに全員がノーブラになるほど進んじゃいない。 ノーブラになるのは恥ずかしいけど、でも、ノーブラには見せたい……って女の子が実際は多いはずなんだ。 そんな女の子たちのために考えたのが、このブラジャーなのさ。これ、絶対に売れると思うよ」
 たしかに男性誌のグラビアにはノーブラのフーテン女性が登場していたし、ウーマンリブと呼ばれた女性解放運動の闘士たちも、 抑圧と体制の象徴とみなしたブラジャーをはずして、手で振り回していた。
 そんなブームに影響されて、これからはノーブラが流行するのだという。でも、ホンモノのノーブラになるのは抵抗があるから、 この乳首つきブラジャーが発売されれば、今風にいえば、ナンチャッテ・ノーブラとして、大いに売れるにちがいない―― というのがAさんの主張だった。
 ぼくは、そんな需要があるようには思えなかったが、Aさんは、「これから弁理士のところに行って、 特許庁へ出す書類をまとめてもらってくるから」と言って、いそいそと出て行った。
 Aさんが、また事務所に顔を出したのは、それから1週間か10日くらい後のことだったろうか。でも、いつもとちがって、 なんだか居心地が悪そうにしている。
「どうでした、あの特許?」
 ぼくが訊くと、Aさんは、
「実は、そのことなんだけどね……」と声をひそめた。その日は、女性の事務員が室内にいたからだ。
「例の乳首つきブラジャーね。あれ、特許の申請に行ったんだけど、特許庁で調べたら、もう他の人が特許を取っていたんだよ」
「そ、そうなんですかあ……」
 ぼくは唖然、呆然とした。あんな変わった商品を考える人が他にもいたことに驚いたのだ。しかも特許まで取得されているとは……。 日本のお役所も、粋というか鷹揚というか……。
 だが、せっかく特許(実用新案だったかもしれない)が取られていた乳首つきブラジャーが、その後、商品化されたという話は、 寡聞にして聞いていない。この特許を取った人、もし、つけ乳首も周辺特許を取得し、国際特許にしていれば、 北米製のつけ乳首に特許料支払いを訴えることができたのになあ……。
 ちなみに、まもなくぼくが編集プロを退職したため、Aさんとは、それっきり会っていない。生きていれば70代後半のはずなのだが。

 


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コメント

この次は、「ノーパンに見えるパンティ」ですか(笑)


>ばあどさん

 なんだか嬉しそうですね。どうやらオジサンの発想を誘引してしまったらしい……(^_^;)。



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